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日中友好・陰の立役者

先日、上海から親戚が来日しました。

長年日中関係の研究に携わってきた六十代の男性で、

日本に知人も多く、流ちょうな日本語を話します。

久しぶりに一緒に食事をしようということになり、

滞在中のホテルに近い三田の「宮下」というお店で、

お蕎麦を中心としたコース料理を食べました。

そのとき、

一緒に来日している先輩だという男性を紹介されました。


 この方は周斌(シュウ・ピン)さん、

年齢は八十一歳と聞きましたが、とても元気そうです。

大変気さくな方で、偉ぶったところが全くありません。

この周斌さんが

周恩来元首相の通訳だった方だと聞いて驚きました。

中国外務省の通訳官として、1972年の日中国交正常化交渉では

田中角栄・周恩来会談の通訳を務めたそうです。

今回は日本で回想録を出版するため来日しました。


周斌さん(以下、周先生と呼びます)は本当にお元気で、

三人で食事をした二時間ほどのあいだ、

ほとんど一人でお話しになっていました。

日中関係の表裏に通じた方なので

話題が豊富なのはもちろんですが、

話しぶりには年齢を感じさせない活力がみなぎっています。


 1972年に日中の国交が正常化すると

周先生は来日して大使館開設の準備に当たりました。

その際、

戦後初めての国費留学生として

中国政府は優秀な学生を四人選抜、

周先生はその受け入れ先を探して奔走したのだそうです。

当初は東京大学に申し入れましたが、

初めてのこととあってか

受け入れ話はまとまりませんでした。

結局、創価学会の池田大作会長が動いて、

最終的に創価大学で受け入れることになりました。

現在の程永華駐日大使は

そのとき最初に留学した四人の学生の一人なのだそうです。

そのほか、

周恩来夫人だった鄭?超とのエピソードも聞きました。

鄭夫人は日中戦争のさなか、

苛酷な「長征」(共産党軍の大移動)で流産をし、

結局、子宝には恵まれませんでした。

そのときの子どもが生きていれば周先生と同い年で、

周先生を我が子のように可愛がってくれたといいます。

周先生も「鄭ママ」と呼んで慕ったのだそうです。


 周先生の体験談は私などが知らない話の連続で、

二時間のあいだ驚かされることばかりでした。

親子以上に年齢の離れた私に

まるで友人のように接してくれたことに感謝しています。

いま日中関係は何かとぎくしゃくしていますが、

日本での生活が二十年以上になる私はもちろん、

両国の親密で円満な関係を願わない在日中国人はいません。

周斌先生のような方の積年の努力が

実を結ぶことを願ってやまない気持ちです。

今回出版される本は

周先生の四十六年間に及ぶ通訳人生の回想で、

日中両国の指導者に関する貴重な証言記録でもあります。

私は直筆サイン入りの中国語版をいただきました。


姚より


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